マレーシアの空港で暗殺された金正男はどんな人物だったのか? (2)

東亜日報(韓国語版)の新東亜(月刊誌)が2001年10月号で、金正男の日本国内拠点「丸金ビジネスホテル」について、報じています。

画像はGoogle Maps ストリートビュー
『大和南2丁目1−2 丸金ビル』


(この記事は下記の記事の続きです。)


マレーシアの空港で暗殺された金正男はどんな人物だったのか? (1)



さて、原文は非常に長いのですが、興味深い記事ですのでお付き合い頂ければ幸いです。

しかし、日本は長らく蚕食されてきたと思われるのに、マスコミはなぜ報じなかったのでしょう…?

さて、この記事の中で、金正男 氏が一登場人物として出てきます。




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記事のあらましは以下の通り。

金正男の日本国内拠点「丸金(マルキン)ビジネスホテル」の秘密

パチンコ・麻薬・売春・銃器取引収益金をめぐる朝鮮総聯・やくざ・北朝鮮の黒いコネクションの内幕。そして、金正男と北朝鮮高位層二世の集結地である東京郊外・大和市の秘密ホテルを中心に広がる驚くべき物語について。

「新東亜」は去る2001年5月1日〜4日、金正日北朝鮮国防委員長の長男、金正男が日本の成田空港 出入国事務所に拘禁されているときに、東京 現地でその内幕を取材し6月号に報道した。

7月号には米国ワシントンで彼と関連する主要な問題を取材して、後続記事を出した。以後、金正男事件は韓国国民と言論の関心からは外れた。

しかし、成田空港から金正男の指紋を採取した日本の公安調査庁は調査を停止しなかった。彼らの主な関心事は、金正男の日本内組織についてであった。実際2001年8月末、公安調査庁は、破壊活動防止法を根拠に、在日韓国人300人の身元を調査し物議をかもした。

日本公安庁、在日韓国・朝鮮人を秘密に調査

中央日報 - 2001年08月26日 参照ページ 魚拓

「朝日新聞」は、金正男が偽造旅券で密入国しようとして摘発された後に、公安調査庁はこの法律を根拠に、各区役所に在日韓国人の資料を要請したと報じた。第二次世界大戦後の日本当局が破壊活動防止法に捜査活動を活発にしたのはオウム真理教事件に続き、今回が2度目だ。

このような状況の中、記者は金正男とつきあいのある日本国内の組織に関する決定的な情報を得た。情報提供は匿名Aさんだ。

Aさんは1990年に日本に密入国し、1999年までに朝鮮総連とやくざ組織で働いていて、彼はヤクザと朝鮮総連、北朝鮮の黒い関係を打ち明けた。

彼は1997年と1998年の二度、金正男と会ったと証言した。取材の過程で、1998年12月末、金正男を酒の席で接待して一晩を明かした女性も会うことができた。

Aさんとこの女性は両方「1998年末に、自分たちが見た若者が誰なのか知らなかったが、昨年5月に金正男が国内外のマスコミに公開された後になって気づいた」と述べた。

東京新宿駅から小田急線に乗って電車で1時間ほどで大和駅に着く。そして大和駅から5分程度歩いていくと、6階建てのこじんまりとしたホテルが現れる。1階にパチンコがあるホテルの名前は丸金ビジネスホテル。屋上に「金」の字を刻んだ大きなネオンサインがあり、誰でもすぐに見つけることができる。
ヒ゛シ゛ネスホ-フ゜ホテル丸金正式名称の模様。その後1階はゲームセンターとなったが2014年3月23日(日)閉店した模様。ストリートビューを見る限り、上階部分は空きテナント扱いのようである。

アドアーズ大和店B館|ゲームセンター



丸金ビル Google Map

神奈川県大和市大和南2丁目1−2 参照ページ


金正男がこのホテルに現れたのは、1998年12月27日であった。彼が現れる数週間前からこのホテルは、密かにゲストを迎える準備をしていた。もちろん、金正男が来ることを知っている人は、ホテルの所有者であるK会長一人しかいなかった。

1998年12月27日当日
K会長はまず、このホテルの1階にあるパチンコ機のキーを調節した。パチンコは、平日には機械内部のキーを解放し、客がお金を稼げるようにする。これはヤクザ組織員にパチンコでお金を上納するときに使う方法と同じである。組織員が訪問すると、彼が座る特定のマシンのキーを解放し、お金を受け取れるようにするという。
…賭博破戒録カイジはこの辺を取材したのだろうか…似すぎ。

しかし、お客さんが集まる週末や、資金が必要な場合は、無条件にキーをロックする。これを「締める」と言う。K会長はゲストが来る一週間前から従業員に無条件に「締める」と指示した。

K会長はまた、ホテルのすべてのカーペットを洗濯して壁紙を新たに変えるよう指示した。ゲストが現れる三日前当初から「この週末には、パチンコとホテルの営業をしない」と発表した。

平日はパチンコを解放し週末は締めて営業するのが通常のため、従業員は首をかしげた。

金正男が現れ前日の土曜日、K会長は、個人秘書Aさん(事件を最初に記者に情報提供したレポーター)を呼んで、「明日は仕事が多いので、時間を空けておくよう」と述べた。

日曜日の朝。K会長は起きるやいなや、A氏に横浜に行くといった。

横浜はソウルの城北洞のように大邸宅が多いところでK会長の別荘があり、朝鮮総連の安家多いところである。彼は普段は別荘でハン・ドクス前朝鮮総連議長(2001年死亡)など朝鮮総連の主要幹部と会合を持った。

安家は安全家屋(秘密維持のため利用する一般家屋)のこと。

この日K会長は最も良いスーツを着て、頭に油を塗った。K会長の目的地は、別荘ではなく、横浜にある朝鮮総連の安家だった。AさんがK会長の車を運転し安家に到着すると、フェンスの外にはベンツとプレジデントなど高級乗用車10台が集まっていた。K会長は家の中に入り、Aさんは外で待っていた。

しばらくして、20人余りの人々が集まってきた。その中に黒いムートンを着た若者(金正男)が目に入ってきた。年齢上の朝鮮総連の幹部たちが若者にぺこぺこする姿を見て一目で彼が北朝鮮の実力者であることを推測することができた。

Aさんは、その若者を前に一度見た記憶があった。1年6ヶ月前の1997年5月頃、その時もK会長の車を運転して、ここに来て、遠くからこの短い髪の若者を見たものである。当時もこの若者は警護員二人を連れていたが、今日見た同じ人だった。

短い髪の若者は、待機していた黒のベンツ560に乗った。この乗用車を中間に置いて前後に10台の乗用車が群れをなして動いた。目的地は、K会長の丸金ホテルだ。

AさんとK会長は最後尾からベンツ560に付いて行った。丸金ホテルに到着した時刻は午後1時。寒い冬の天候であった。若者と朝鮮総連幹部一行20人は、このホテルの2階焼肉屋で鮗(コノシロ)の刺身で食事をした後、どのような会議があるのか、分厚い書類封筒を持って二階に消えた。

鮗(コノシロ)

Wikipedia 参照ページ

鮗の刺身が好きな金正男

この日の夕方7時頃、K会長は丸金ホテル5階にあるVIPルームにA氏を呼んだ。VIPルームには、昼間に見たムートンを着た金正男とK会長、朝鮮総連中央区キム・ジョンミン会長(仮名・65歳前後)、60〜70歳ぐらいの朝鮮総連幹部1人、黒のスーツを着た男2人(ヤクザと推定)、日本の芸者(コンパニオン?)4人とK会長の女秘書 李ウンギョン(仮名・当時25歳)が酒を飲んでいた。

門の外には、昼間に見た金正男の用心棒2人がうろついていた。酒のテーブルの上にはコニャック「ヘネシー」と鮗(コノシロ)の刺身、鶏の丸焼き揚げがきれいに盛り付けてあった。金正男は、鮗の刺身を非常に好きなようだった。昼も鮗の刺身を食べたが、夕方酒のテーブルにも鮗の刺身が出てきた。李ウンギョン(仮名・28)は、お酒をよく飲めないのに、何杯か飲んだのか顔が赤くなっていた。

Aさんが入ると、K会長は「統一労働者であり、丸金の人材です」と一行に紹介した。Aさんは、酒の席に座った人と順番に挨拶をした。

金正男は、「私が誰であることはよく分からないですよね。すぐに分かるようになるでしょう。祖国統一は早く成されねばならないのに... 」と述べた。

順番に歌を歌う順番がきた。金正男は日本の歌手、長淵剛の歌だけ三、四曲を歌ったが、日本語のアクセントが非常によかった

お酒が弱いAさんは、10〜11時ぐらいには宿泊施設に帰った。翌朝、彼は李ウンギョンに会って、状況を尋ねた。

李ウンギョンは「午前2時過ぎまで飲んだ。日本女性たちは上司と寝た」と述べ、笑いながら、「私は若い友人と行くところまで行ったわ」とし、金正男の身体的特長を思い出しているようだった。推測ができたAさんは、もはやそれ以上の話は聞かなかった

今までの内容は、日本の東京近郊の大和の丸金(マルキン)ビジネスホテルで、朝鮮総連とやくざ組織の下部の仕事をしていて、1997年5月と1998年12月、金正男を二回会ったAさんの証言をもとに、当時の状況を再構成したものである。彼は当時の状況をノートにぎっしりと記録していたので、自然に細かい部分まで記憶していた。

去る2001年5月、日本の捜査当局は、金正男が「パンシオン」という中国人の名前2000年10月と12月に、二度日本に密入国したと発表した。Aさんの証言によるなら金正男はそれ以前にも日本を自分の家のように出入りしていたことがわかる。

しかし、問題はむしろ金正男より、朝鮮総連とヤクザの黒いコネクションと、これらが犯す犯罪、またここで生じる収益が北朝鮮に送金される仕組みだ。金正男はこの関係の中で登場する人物でもある。

日本を行き来する金正男

ここで丸金ホテルのK会長は、金正男と朝鮮総連、やくざの黒い関係を理解するために重要な人物である。朝鮮総連所属の彼は、やくざと直接関係を結んだ組織員でもある。

彼は1924年に済州(島)城山浦で生まれて、1999年10月に死亡した。詳細な学歴はわからないが、戦後日本に密航し炭鉱と鉄工所で働いていたことが分かった。

1960年代後半、東京の中野駅の近くに焼肉屋である「アリラン」を開業し財産を作り始めた。開業3年で5階建ての建物を所有するようになった彼は、1970年代後半に、横浜近郊の川崎市四谷付近に400坪規模の焼肉店「鴨緑江」を開業した。現在はK会長の本妻であるが某氏が「鴨緑江」と、このレストランが入っている7階建ての建物を所有している。K会長はまた、1990年ごろに件の丸金ビジネスホテルを開業した。

K会長は、このホテルの1階にあるパチンコと2階の焼肉屋、キャバクラとホテルを直接運営した。彼には1990年代半ばから川崎市の焼肉店「鴨緑江」があり、個人賃貸アパート5〜6棟を所有しながら、建築および不動産賃貸業へと事業をさらに拡大した。

K会長は先の本妻 某(73歳)氏との間に3男2女をもうけた。

長男である金一男(仮名・51歳)は、金日成総合大学を卒業し、2000年現在、金日成総合大学 哲学教授に在職している。

次男ギムイナム(仮名・48歳)も、金日成総合大学を卒業して、セメント工場工場長を経て、2000年に現在の金日成総合大学の教授として在職中だ。専門科目は明確ではない。

三番目の息子、金三男(仮名・44歳)は、東京近郊の大和市に住んでいるが、朝鮮総連系大学である朝鮮大学を卒業した。金三男は2年ほど初級学校の教職にあったが、現在は丸金ホテルとパチンコ焼肉店「鴨緑江」を母親と一緒に経営している。

彼はまた、父親であるK会長と一緒に1年に1回程度北朝鮮を行き来した。K会長は生前に一年の平均5回程度 北朝鮮を訪問した。金三男の妻、崔スクジャ(仮名・42歳)は、前 朝鮮総連 横浜支部長 崔ギルス(仮名)の娘で丸金ホテルの全体的な資金を管理した。

K会長には先の 某氏以外の女性から生まれた息子もある。大和市に住むギムサナム(仮名・37歳)に若干の精神異常の症状があり、精神病院で療養治療を受けた。

K会長は、金日成と金正日をそのまま真似る人だった。今は撤去されてないが、彼が死亡する前までは、このホテルの2階には1000万円をかけて作られたK会長の像(高さ2m)があった。

また、3階建てのホテルのフロントのすぐ隣には、縦5m×縦3mサイズで、金日成、金正日父子と自分が一緒にいる写真を飾っていた。この写真も現在は交換されてない。大和など東京近郊の不動産と複数のホテルを所有している彼は生前によく言っていた言葉が「祖国統一されたら、ソウルに私のホテルを建てることが夢」だったという。

朝鮮総連 財力家 K会長

K会長は死亡したハン・ドクス前 朝鮮総連 議長と密接な関係であった。ハン・ドクス議長は、1990年丸金ホテル竣工式に参加して、毎年北朝鮮に行くたびに、必ずK会長と同行した。K会長はK会長でハン・ドクス議長の朝鮮総連行事にはもれなく参加した。

汎民連 海外本部の会員でもある彼は、北側が毎年8・15祝典時に板門店でデモを繰り広げるとき、主導的な役割を果たした。また、1989年に平壌で開かれた第13回世界青年学生祝典 当時もこの大会に参加しイム・スギョンさんと一緒に写真を撮ったりした。彼は主体(チュチェ)思想を猛烈に信奉し、北朝鮮当局から英雄称号を受けた。

K会長は傲岸不遜(≒ごうまん)で朝鮮総連の内部であまり評判が良くなかったと伝えられている。しかし、金日成総合大学の教授を務めている二人の息子の影響力と強大な資金力を武器に、朝鮮総連 幹部の肩書きを複数持っていた。

金剛山歌劇団(日本 朝鮮大学の学生と朝鮮総連 組織員で構成され、毎年一回朝鮮総連 各支部 巡回公演をする)の各支部公演の後援会長推進委員長朝鮮総連商工会議所 大和支部委員長、朝鮮総連 商工会議所監査などを務めた。

金剛山歌劇団


汎民連海外本部委員の肩書きも持っていたK会長は、金日成、金正日父子の誕生日と9・9節行事など北朝鮮の主要なイベントにはもれなく参加した。

丸金ホテルと北朝鮮高位層2世

このように、朝鮮総連の幹部に精力的に良くしていたK会長は、私生活で関連したあれこれのエピソードも多い。

彼は一日も欠かさずに夜にウナギを食べて、「ウナギ」というニックネームを持っていた。このようにウナギを食べる理由は他でもない精力補強のため。それだけ精力が絶倫だったということだ。

彼は日本内の韓国女性たちがほとんど不法滞在者という事実を巧みに利用したという。ホテルの社長秘書職(実際には家政婦の役割)という名前で、採用基準を25〜30歳限定した。また、なるべく未婚でなければならず、既婚者の場合、日本現地で夫がいないことを念を押した。また、肌が柔らかくなければならないということなどを打ち出した。このように、女性を採用して周辺に「勤務」させたものである。

離婚女性 崔(チェ)さん(32歳、釜山出身、前 朝興銀行の従業員)は、1997年に日本に来て、新宿の近く大久保のレストランで働いていて、1998年新宿近郊の高田馬場の韓国人 純福音教会の留学生宣教センターの紹介で丸金ホテル フロントに就職した。
彼女は背が高く美人で、日本語に堪能だという理由でK会長の個人秘書になった。K会長は金銭の提供解雇脅迫など、いろいろな方法で関係を要求した。耐えかねた彼女が強く抗議すると、すぐに翌日彼女を川崎市にある自分の焼肉レストラン「鴨緑江」で食堂の仕事をするようにしむけた。

K会長は、金正男と一夜を明かした韓国女性 李ウンギョン(仮名)とも深い関係だったことが伝えられている。このときK会長は箱根の温泉付近にある個人向け賃貸アパートの一部を李氏に贈与することを約束していたという。

K会長が経営した丸金ホテルは、万景峰号に乗って新潟港で入国した北朝鮮高位層二世たちが集結する拠点だった。これらは一度新潟港に降りると新潟第一ホテルで簡単な教育を受ける。その後、東京近郊の丸金ホテルに来て泊まって日本のあちこちで散らばるという。

新潟第一ホテル Google Maps


実際に、1998年9月中旬、北が送った在日韓国人(朝鮮総連幹部と組織員)と日本にゆかりと家族関係のある北朝鮮最高位層二世知り合い訪問の条件のため、3ヶ月の滞在ビザであったが、実際の目的は外貨稼ぎである。北朝鮮では最高位層の家族でなければ海外旅行は不可能)グループ300人が朝10時に新潟第一ホテルで教育を受けた後、各地域に散らばった

このときK会長の孫、キムグクソン(仮名)を含む、チェヨンリョル(27歳前後、平壌市在住、労働党 幹部の子弟と呼ばれる)、イムキゴ(27歳前後、平壌市在住、北朝鮮 軍部大佐級控えと呼ばれる)、チョ・チョル(30歳前後、平壌市在住、父親は労働党幹部、伯父が北朝鮮軍部の実力者と呼ばれる)などは、一行20人と一緒に新幹線で東京に到着して丸金ホテルに宿泊した。

その後、友人の間である、キムグクソンとイムキゴは丸金ホテルに滞在し、チョ・チョルなどは別の場所に移動した。キムグクソンとイムキゴは、その後ホテルの従業員宿舎で生活した。

朝鮮総連とやくざ

このように入ってきた300人余りは日本出国日前の1999年1月10日頃、新潟港に戻って集まった。これらは再び総連同胞と最高位層二世のグループに分かれて教育を受けた。

K会長の孫、キムグクソンを含む何人か第一ホテルで、何人かは他のホテルに分散して集合した。一定時間の教育が終わった後、団体で乗船し、北朝鮮元山港に戻った。ホテルの集合場所では、個人の行動が絶対に許されなかった。

K会長は日本の暴力組織やくざと関係があるとされた人物だった。日本のヤクザの二大山脈は山口組と住吉会であるが、K会長が関係した組織は住吉会であった。

組織員が最も多い山口組は、大阪と山口県(岡山、広島付近)で興され、組織員は約3万5000人推算される。

山口組は日本全国に80以上の地方組織と組単位で編成されている。この組織は、月に一度の割合で、東京新宿の歌舞伎町と大阪、神戸などで組長級以上の幹部らが会合している。

朝鮮総連と直接関連する住吉会東京新宿で誕生した。組織員の数は約1万6000〜万7000人と把握される。この組織は、山口系列から脱退した組織員地方の小規模なヤクザ組織(松葉会、稲川など)を統合し、成長した。

会長の住吉(65歳前後)の配下に林(58歳前後)、松井(60歳前後)、マスモト(60歳前後)など組長級幹部で構成されている。住吉会は、東京の新宿歌舞伎町、上野、横浜、飯田橋、浅草など東京の地域の3分の1以上を掌握している。特に新宿歌舞伎町の場合、韓国人関連酒場の80%以上は、住吉会勢力下にある。

これらは韓国人などの外国人を酒場接待婦(ホステス)にしてパスポートを担保に「前払い」条件で売春業をさせる。

また、バーにお酒を供給して、外国人ホステス(ショーガール)を率いて売春業(別名ショープランも)をすることもある。

この住吉会は在日韓国人2世、3世をはじめ韓国の暴力組織(釜山チルソンパ、全州ワールドカップ派、釜山21世紀派)などが下部組織員として活動している。

住吉会は、各地域に子会社や各支部を持っている。住吉会の支部の中でリーダーは、東京飯田橋エリアを舞台に林(58歳)が率いる林組で、サラ金や不動産賃貸業など、様々な利権に介入している。特にゴルフ場建設に関する利権と麻薬取引、主流供給、ウェートレス供給などで用意したしっかりとした資金力を土台に、1990年代以降、新興勢力として急成長している。

林組は組織員の80%程度が朝鮮人で、相当数が朝鮮総連の組織の幹部と直・間接的に関連している。

林組の中間ボス級で長谷川(40歳前後、韓国の名前は隠されて不明)という人物がいる。彼は朝鮮総連 所属の在日韓国人2世K会長の影のような存在であった。彼は金正男が1997年と1998年のK会長の周りに現れたときにも、金正男のすぐそばにいた

住吉会

林組は特に住吉系組織の麻薬取引60%以上を占めている。また、住吉会は1990年代後半に入ってからは、フィリピンなど東南アジアを舞台に銃器類の密輸入など武器取引もしている。

日本は5月初めに「ゴールデンウィーク」と呼ぶ一週間の休暇シーズンがある。
このとき林組の中間ボス級幹部らは団結を図るという名分の下、タイとフィリピンなどへの旅行に行く。この休暇中に組織員たちは、林会長の指示の下にフィリピン・マニラ近郊の銃器密売業者と会合する。

また、タイなどで麻薬取引業者との取引をして戻ってくる場合もある。実際にA氏は「1998年8月20日頃長谷川と恋人ミン・ギョンスクがフィリピン旅行を行ってきた後、長谷川のオフィスでフィリピンで購入したものとみられる38口径の小型拳銃と実弾(弾倉を含む)を組織員に渡すのを見た」と言った。

この林組の麻薬を取り寄せて販売しているところは、神奈川県の横須賀港である。東京から直通電車で約1時間30分の距離にある、ここでは、米軍基地がある。

米軍を相手にする売春業者が立ち並ぶこの港は、やくざ組員たちの麻薬取引が一般的なことで有名である。特にここでは林組組員たちの韓国人の恋人(ほとんどのバーホステス)が多く、フィリピンなど東南アジアの女性が米軍を相手に売春と麻薬取引をすることが知られている。

実際に週末には林組の長谷川をはじめとする幹部職員が名古屋近郊にある林の別荘で過ごした後、月曜日や火曜日くらいに横須賀港を訪問する。その過程で麻薬取引が頻繁に行われることが分かった。K会長の孫、キムグクソンもこの横須賀港を頻繁に訪問した。

住吉会の林組は東京で働く韓国人ホステスを相手に高利貸しの人身売買などの悪質な犯罪も犯している。

前述した朝鮮総連 組織員、長谷川は恋人ミン・ギョンスク(38歳、仮名)が運営する「民企画」を通じて韓国人酒場の女性ホステスにパスポートを担保にお金を貸す高利貸しをしている。

このサラ金の金脈は林組の資金であり、その手法は悪質で、例えば100万円を貸す場合一ケ月先の利子20万円を控除した後、80万円を与えるやり方である。これらは東京 新宿の歌舞伎町を中心に活動しており、新宿近くの曙橋駅の近くにあるデニーズレストランがミン・ギョンスクの拠点である。

長谷川とミン・ギョンスクは非常に残酷な人物として知られている。例えば韓国人ホステスたちが約束した日にお金を返さない場合、前払い条件を元に他の地域の売春業者に売り払う。それさえできない場合、韓国内の家族から代わりにお金を受けとる

このようなことは林組内に別々に構成された「処理班」が引き受け、韓国人女性ホステスを暴行してヤクザ事務所に監禁・レイプすることもある。これらすべてのことの中心に朝鮮総連 組織員、長谷川とミン・ギョンスクがあり、背後にはK会長と親交関係が厚い林組長がいる。

林組は偽造パスポートも取り扱うことが分かった。この担当者は、朝鮮総連中央区イム・ヒョンス(仮名)会長である。彼は丸金ホテルの広報パンフレットパチンコ宣伝広告広報物を製作する印刷業の専門家である。

偽造パスポートが流通する経路はこうだ。長谷川の恋人ミン・ギョンスクが依頼人からの写真と代金の一部(取引金額の50%、1件当たりの金額は、約150万円)を受けて書類を長谷川に渡せば、長谷川はK会長あるいはK会長の息子、金三男を介してすぐにイム・ヒョンス会長に書類を提供する。

林組織が扱う麻薬と偽造パスポート(偽造紙幣を含む)、サラ金、パチンコなどの収益金は、K会長と長谷川がマネーロンダリングの過程を経て、北朝鮮に送ることが知られている

また、何らかの形でその資金の一部は、金正男も伝わった可能性が高い偽造パスポートを作るイム・ヒョンスの背後にはK会長があり、長谷川の背後には、林組長がいるからである。

ヤクザの部分は除いても明らかなことは、死亡したK会長が自分の個人所得の大部分を北朝鮮に送ったという事実である。

彼は死亡する直前までパチンコ、ホテル、焼肉家二つ、キャバクラ、不動産賃貸業などで従業員の給与を控除しても、毎月約2億円(22億ウォン)程度を稼いだ。

K会長は、この資金を「朝銀 信用金庫」と横浜銀行 大和支店、三井銀行 大和支店を介して管理した。1998年12月末、金正男が訪問した当時、彼は4億円を横浜銀行と朝銀信用金庫から引き出した。

もちろん、この資金が金正男にすべて渡ったのかどうかは確認されなかったが、彼は毎年四半期ごと(1年に3回程度3億円~4億円程度北朝鮮に送金していたことが分かった。

この事実は、K会長の三男である金三男がA氏に伝えた内容にあり、資金の支出内訳の書類は金三男の妻、崔(チェ)スクジャ(仮名)が管理している。

金正男의 일본내 거점 ‘마루낑 비즈니스호텔’의 비밀(金正男の日本国内拠点「丸金ビジネスホテル」の秘密)

東亜日報(韓国語版)-新東亜(月刊誌)2001年10月号 参照ページ 魚拓

(※ご自分で読んでみたい方はGoogle翻訳を使うと良いです。)

丸金ビル Google Map

神奈川県大和市大和南2丁目1−2 参照ページ


神奈川県大和市のビジネスホテル一覧

ビジネスホテル予約ガイド携帯版 参照ページ 魚拓

(ビジネスホ-プホテル丸金 神奈川県大和市大和南2-1-2 となっている)




長かったですか?お疲れ様です。

なかなか読み応えが有ったと思います。日本の蚕食される様子が手に取るように分かり、衝撃です。

まぁ、しかし、なんというか金正男 彼自身がいい人に見えても、やっぱり金一族の1ピースなんだなと感じます。

彼が自分の仕事や人生についてどう思っていたか分かりませんけどね…うーん。難しい。同情出来る部分もあるけど、それだけじゃない。

上記の『北朝鮮への送金』については、下記の記事で『独自制裁に対する送金制限がどんな影響があるか』について触れています。

『専門家に日本の北朝鮮への独自制裁について韓国視点でのインタビュー 』朝鮮日報 韓国語版【韓国】


っていうか、横浜銀行 大和支店と、三井銀行 大和支店はこの名指しされた件についてどう考えているんだろう…。

また、上記の『売春』については、下記の記事で『韓国での違法金利』について触れています。
しかし上記を読むと、韓国と北朝鮮と在日コリアンの一部が繋がってる感じに見えます…日本としてどう対応するべきなのか…。

香川・丸亀で違法風俗容疑で韓国籍店員ら3人を逮捕





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